江戸文化の味 “しゃも鍋”
しゃもを軍鶏と書きあらわして、その勇壮な姿を好み、闘鶏で引き締まった肉を「しゃも鍋」として食すところが江戸っ子の心意気と言えるでしょう。 幕末の風俗誌「守貞漫稿(もりさだまんこう)」に、「鴨以下鳥を食すは常のこと也、然れども文化以来京坂(京都・大阪)はかしわという鶏を葱鍋に烹(に)て食す事専也(もっぱらなり)江戸はしゃもと云う鶏を同製にして之を売る」とあります。 あの、鬼平と呼ばれた、火付盗賊改方の長谷川平蔵宣以も、しゃも鍋を好んだとされています。 これは上方には広まらなかった食文化。しゃもは江戸を代表する味、江戸を象徴する味と言えます。
東京に蘇えった江戸の味
昭和40年代になると鶏肉は生産コストが低く、大量生産に適したブロイラーが一辺倒となり市場を席捲しました。 ブロイラーの味わいはとても淡白なものであり、どのような料理法にもなじみが良いという利点がある一方で、鶏本来のコクを失い、伝統的な日本の料理および味を表現できないという状況も生み出しました。 結果的に、江戸の伝統を受け継ぐ、この東京の地において、味の良いコクのある鶏肉の復活を望む声が高まったのです。 そこで、この声に応えるために、旧東京都畜産試験場(現在の東京都農林総合研究センター)が中心となって、昭和46年より研究を重ねて、十数年の年月をかけ、ついに昭和59年(1984年)に「東京しゃも」を誕生させました。 まさに、この東京で江戸伝統の風味が生きた鶏肉を蘇らせたのです。その味は現代のプロの料理人からも高い評価を受けています。
伝統を守る誇り “東京しゃも”
東京しゃもは、大量生産されるブロイラーとは一線を画する、今や東京都が誇るブランド鶏です。 今や、多種多様な”地鶏”も大量生産される時代になりましたが、東京しゃもは同じ路線は歩みません。 極められた味に裏付けられた30年にもおよぶ販売実績は、その最たる証と言えます。 東京しゃもは、あくまで東京生産にこだわり、東京農業を支える取り組みを続けます。 東京しゃもは、東京にふさわしい、ブランド力のある生産物であり続けます。 東京しゃもは東京都から東京都地域特産品認証食品として認証を受けました。東京しゃもを食材として取り扱う店舗はとうきょう特産食材使用店として登録を受け、積極的にPRすることができます。 今後も、東京しゃもは、地元で愛され、東京で愛される味であり続けたいと願っています。
東京しゃもを愛する仲間達
東京しゃもを誕生させた熱い情熱が、東京しゃもを愛する多くの仲間達を引き付けたと言えるでしょう。 東京しゃもの親にあたる鶏・種鶏の維持に始まり、お客様にお肉やお料理を提供する小売店・料理店に至るまで、かかわる仲間達が一丸となって、東京しゃもの価値、ブランド力を守る努力を続けています。 もちろん、時に喧々諤々、激しいやり取りになることも少なくありません。 でも、その全てが、東京しゃもが最高の鶏であり続けるためのプロセスなのです。 この先もずっと、熱い仲間達がブランド鶏”東京しゃも”を守り続けます。
“生産地限定・生産者限定” 東京しゃも生産組合
東京しゃもは、自然に恵まれた東京の多摩地域でしゃもの健康を第一に、そして「安心」「安全」「うまい」をモットーにして、東京しゃも生産組合員が生産しています。養鶏は一に場所と言われます。多摩の自然豊かな環境が東京しゃもを育んでいるのです
組合員は東京しゃも生産組合が指定する東京しゃも専用の飼料を用いて、東京しゃもを飼育しています。自然の恵み、とうもろこしがたっぷり入った、この専用飼料が東京しゃものうまさの秘訣です。植物性タンパク質と動物性タンパク質を絶妙のバランスで配合し、しゃも肉の際立ったうまさを引き出しています。
現在、4軒から構成される当組合は、東京都下でも有数のプロフェッショナル集団。東京しゃものひよこは農場に届いた後、じっくりと120日間以上、手間暇かけて育てられます。ひよこから東京しゃもを育てるためには、特殊な設備や熟練した技術を要し簡単な作業ではないのです。
120日を超える飼育日数は、一般のブロイラーと比べると3倍程に及びます。じっくりと育てられることが、もう一つの東京しゃものうまさの秘訣と言えます。東京しゃもの魅力は、雄鶏のしっかりとした歯応えと雌鶏のふんわりとした脂のうまみ。これらの虜になったファンは、足繁くお店に足を運ぶと言います。しゃも肉、江戸を象徴する味は、この東京でも愛される味であり続けます。